HISTORY


なべやまひできの半生をダイジェスト形式でご覧下さい。
Please see digest the history of NABEYAMA HIDEKI.
誕生


北海道苫小牧にてこの世に生を受ける。
ちなみにこのとき両親は静岡に住んでおり、里帰りで北海道に帰っていただけだったが、
「なんとなくハクがつくから」という理由で、現在に至るまで出身地を聞かれたら「北海道」と答えるようにしている。

幼少時代


特に重い病気や災難にも遭わず、静岡にてスクスクと育つ。
現存する一番古い記憶は、静岡に遊びに来たひいおばあちゃんの手を引いてタコ焼き屋の前を歩いている場面。
商店街のコロッケや唐揚げ弁当が大好きだった。この頃から既に揚げ物好きの片鱗を見せる。
当時は喘息持ち。発症する度に大正製薬のヴェポラップを塗られていた。
絵を描くのが大好きで、スケッチブックにサメや仮面ライダーの絵をいっぱい描いていた。
3歳くらいからヤマハのピアノ教室に通い始める。このときに得た知識と経験が後の音楽活動に繋がることになる。
親が転勤族であり、幼稚園入園前に静岡から栃木に引っ越す。

幼稚園時代


栃木にて幼稚園に入園(コスモス組)。
入園式で隣の席だったS君といきなり仲良くなるなど、高いコミュニケーション能力を発揮する。
スーパーマリオの絵を描くなどして周囲から人気を博す。
栃木に引っ越してきて喘息が治る。

静岡時代は好き嫌いなく何でも食べる良い子だったが、自我の芽生えと共に卵や魚介類など色々なものが急に食べられなくなる。
一気に偏食になる。給食の時間が憂鬱になる。

北海道のおじいちゃんが当時大人気だったファミコンを送ってくれる。おじいちゃんが大好きになる。
本体と一緒に送られてきたソフトは「トランスフォーマー コンボイの謎」。おじいちゃんに罪はない。

年長に進級する(まつ組)。
S君と別の組になってしまって寂しがるが、高いコミュニケーション能力により新しい友達ができる。
クリスマスの劇で割とメインどころの役を務めることになる。親がはしゃぐ。
この頃よりコロコロコミックを愛読するようになる。好きだった漫画は「あまいぞ!男吾」

小学校時代


公立小学校に入学。家から歩いて3分だった。
スーパーマリオの絵を描くなどして周囲から人気を博す。
相変わらず給食の時間は憂鬱。

小1のときにドラゴンクエストIVが発売される。発売日に入手できず泣く。

小2のときにピアノ教室で作曲コンテストが開催され、見事教室代表に選ばれる。作曲能力の片鱗を見せる。
「あめ」というタイトルのマイナー調の曲で、今でも弾ける。

小3のときにクラスで自作漫画ブームが巻き起こる。
周囲がドラゴンボール等のキャラを使った2次創作を作っていたのに対して、 完全オリジナル作品「超恐竜伝説ザイラ」の連載を開始する。
高い画力と王道のストーリー展開で大人気となる。
「超恐竜伝説ザイラ」連載中、たまたま単行本を持っていた「ダイの大冒険」のあるページの構図を参考にする。
抜け目ない友人から「パクリだ」と指摘される。知らぬ存ぜぬを貫き通す。このとき生まれて初めて「後ろめたさ」という感情を覚える。
なお「超恐竜伝説ザイラ」は、主人公ザイラが敵の空中要塞から海に落とされ、謎の少年に助けられたところで連載終了。

小1から小4まで、4年連続で校内写生大会の金賞を受賞するという輝かしい偉業を成し遂げる。
小4で学級委員長を務める。順風満帆ともいえる日々を過ごす。

小5になる直前で千葉への引越しが決まる。
当時親友だったO君が泣いてくれる。ありがとう。元気でやってるかい。

千葉に引越し。
家の近くの公立小学校に転校する。
ドラゴンクエストの絵を描くなどして周囲から人気を博す。
クラスに「山口派」と「木村派」という派閥が存在し、どちらに所属するか迫られる。都会は怖いところだと知る(結局山口派に所属)。

友達と遊んでいるうちに、それまで乗れなかった自転車に乗れるようになる。

小5のときにひょんなことから「AKIRA」のアニメを見る。大きな衝撃を受ける。
友達に布教活動を行う。グチョグチョになった鉄雄の絵を描いたりして、女子から軽く引かれる。

小6のときにクラスでラジオが流行る。毎晩大人びた気分でAMラジオを聴くようになる。
4月に聴いた文化放送の「フライデー・カウントダウン・ジャパン」でTMN(TM NETWORK)の「Nights of The Knife」が流れる。
得も言われぬ衝撃を受ける。録音したカセットテープを何回も何回も聴き返す。

8月、CDTVでTMNのラストライブを収録したアルバム『TMN final live LAST GROOVE 5.18/5.19』が全曲紹介される。全身に電撃が走る。
トータル2分程度のアルバム紹介を狂ったように何十回も見返す。
近くにレンタルCD屋で『TMN final live LAST GROOVE 5.18』を借りる。
それまでドラクエのサントラとか嘉門達夫しか借りたことがなかったのでドキドキする。
父親のステレオで『TMN final live LAST GROOVE 5.18』を聴く。その後の人生が変わる。
録音したカセットテープを本当に文字通り毎日聴く。
今でもこのアルバムは観客の声援からギターソロに至るまで、全て脳内で完璧に再生できる。

中学校時代


公立中学校に入学。
マッチョなアンパンマンを描くなどして周囲から人気を博す。

元々運動は好きではなかったが、何かしら運動部に入っておいた方がいいだろうということで陸上部に入部する。
長い時間走るのは面倒臭いし疲れるので、100m走と走り幅跳びを専門にする。
中1の市内陸上大会の走り幅跳びで5位に入賞する(記録:4m82cm)。

中2のときにファイナルファンタジーVIIをプレイ。
まだ序盤なのにクラスメイトのA君に「エアリス死ぬよ!」とネタばらしされ、割と本気でキレる。
以降、自分は人にネタばらしはしないと固く心に誓う。

中3のときに父親の持っていたフォークギターを弾き始める。
Fの壁を何とか乗り越え、一通りのコードが弾けるようになる。
音楽の時間のクラシックギターの授業中、周囲が単音でドレミを弾く中、Mr.Childrenの「花」を弾いて男女問わず喝采を浴びる。人生のピーク。

坂本龍一とYMOに出会う。TM NETWORK以来の衝撃を受ける。ベストアルバムを聴きまくる。シンセサイザーが欲しくなる。

中学卒業。
春休みに貯金をはたいてKORGのシンセサイザー「N5」を購入する。
初めて自分の楽器を購入し、ミュージシャンシップが大いに高まる。「戦場のメリークリスマス」を練習する。
ちなみに未だにメインキーボードである(というかこれしか持ってない)。

高校時代


高校に入学。
バガボンドの絵を描くなどして周囲から人気を博したりはしなかった。
軽音楽部に入部しようと心に決めていたが、開店休業状態で出鼻を挫かれる。

幸いなことに同じクラスに楽器を出来る人が何人かおり、バンドを組む。キーボードとして参加。これが人生初のバンドとなる。
ドリーム・シアターのコピーをすることになり、友人からCDを借りる。
洋楽はテクニックが凄くて曲が長くて音がヘヴィなものであるという偏見を持つ。

スタジオに入って練習を重ねる。
パートがキーボードであり、尚且つ出番もあまりないため、バンドの一体感をあまり感じられず時が過ぎる。

X JAPANのコピーをすることになる。
よりによって曲が「SCARS」だったためにキーボードの出番が全く無く、終始体を軽く揺らしながらリズムを取り続けるプレイに徹する。

嗜好する音楽性の違いと思春期に突入しかけていたため、今ひとつバンドメンバーと打ち解けることができず、フェードアウトする形でバンドを脱退。
ちなみにそのバンドでベースを担当していたのが、今はプロのミュージシャンとして活躍する宮内優里くんである。

高2に進級。
完全に思春期になる。
クラスメイトのことを呼び捨てにできない、親しかった友達と夏休み明けにうまく話せなくなる、等の怪奇現象に見舞われる。
基本的に自ら言葉を発しなくなる。
後にこの1年間は暗黒時代と呼ばれることになる。

他方、音楽的な嗜好に大きな動きが見られる。
定食屋の有線で聴いた「Under Age's Song」をきっかけにDragon Ashにハマる。
それまで解散したバンドしか好きになることがなかったため、初めて現役バンドを好きになってマトモな人間になった気分になる。
流れで「ROCKIN'ON JAPAN」を読み始める。日本には様々な素晴らしいアーティストが存在していることを知る。
学校近くのレンタルCD屋で良さそうな邦楽を片っ端から借りる。段々邦楽に詳しくなる。

自宅の近所に住んでいた中学時代の友人と久々に会う。
家に遊びに行ったら昔の洋楽のCDを沢山持っており、THE BEACH BOYSの『PET SOUNDS』を借りる。
洋楽はテクニックが凄くて曲が長くて音がヘヴィなものだけじゃないことを知る。
学校近くのレンタルCD屋で良さそうなやつを洋邦問わず片っ端から借りる。どんどん音楽に詳しくなる。

月1くらいで件の友人宅にて飲み会が催されるようになる。
歴代の名盤を聴きながら酒を飲み交わし、このアレンジが素晴らしいとか高校生活はクソだとかそういう話をする。

高3に進級。
中学時代の友人2人とバンドを組む。
本当はベースがやりたかったが、なし崩し的にドラムを担当することになる。
近所の床屋から名前を拝借し、バンド名を「チョッキンハウス」とする。

当初はトライセラトップス等のコピーを行っていたが、徐々にオリジナル曲を作成・演奏し始める。スタジオでの練習を重ねる。
キーボードのときは味わえなかったバンドの一体感をドラムで味わう。

高校卒業。特に語るべきトピックはない。

春休みにチョッキンハウスで人生初のライブを行う。 主に高校生(卒業生含む)を中心とした対バン。
周囲がブルーハーツやジュディマリのコピーを披露する中、 オリジナル4曲 + カバー1曲、
おまけにカバー曲が「CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU(君の瞳に恋してる)」という玄人感溢れるセットリストで参戦。
圧倒的なセンスと力量の差を見せつけ、ライブを観ていた友人から「一番良かったよ」と言われる。

大学時代


大学に進学。
フォークソング同好会という名の軽音楽サークルに入部する。
音楽の話ができる友人が多く出来、カレッジライフを楽しむ。

個別指導塾の講師のバイトを始める。
授業の合間にカードマジックを披露するなどして人気を博す。

並行してバンド活動を積極的に行う。練習とライブを重ねて経験値を積む。
6月に悲劇が起こる。スタジオ練習中、スタンドに立ててあった友人のギブソン・レスポールを誤って倒す。ネックが綺麗に折れる。
割と本気でキレられる。修理代として7万円の借金を背負う。それまで抱えたことのない額の借金に頭がクラクラする(レスポールの乱)。
なお、後にちゃんと修理代を払ってギターは綺麗に復活した。

大学2年に進級。
バンドに専念するためサークルを脱退。
一方、バンド内ではメンバー間の音楽性の違いやらなんやらで、にわかに不協和音が生じ始める。

秋口にバンドを脱退。その流れでバンドは解散。
「この3人でこそチョッキンハウス」という信念ゆえ、かどうかは今となっては定かではない。
(センスの良いシティポップを奏でるバンドだったため、ひょっとしたら10年ほど早かったのかも知れない)


バイトの仲間2人と遊びでスタジオに入る。
殆ど楽器経験のない2人との演奏だったが、セッションの中で言葉にできないケミストリーを感じる。
手ごたえを感じた3人は、バンド「THE・尿道」を結成。ドラム兼バンドマスターを担当することになる。

バンド名を「おてふき」に改名する。

バンド名を「おてもやん」に改名する。

スタジオでギターのストラップを購入。
どう見ても素材がポリエステルなのにデカデカと「NUNO」とプリントされており、
それを面白がった3人はバンド名を「NUNO(ヌノ)」に改名する。以降、バンド名は「NUNO」で定着する。
後から考えれば、あれはヌーノ・ベッテンコートの「NUNO」だった気がする。

スタジオ練習を重ねる。
「THE・尿道」時代からの楽曲である「血尿フィーバー」を始め、「ララバイ」「ニューヨーク」「朝」「昼」「夜」など、
多様な楽曲が次々と生み出される。

2003年春、NUNO 1stアルバム『NUNO』リリース。
スタジオ深夜練4時間1発録りという男気溢れるスタイルでレコーディング。
荒削りながらもバンドの初期衝動と楽しさを詰め込んだ1枚に仕上がる。
身近な友人に1枚100円で販売する。「高い」というお褒めの言葉を頂く。

バンドの更なる飛躍のため、中学時代からの友人であるM君をバンドに招集、4人体制となる。
スタジオ練習を重ねる。この頃ボーカルが覚醒し、作曲能力が飛躍的に向上する。
油の乗ったバンドは「ダンスナンバー」「THE DANCE」「リストラされた男の歌」「ロンドン燃ゆ」など名曲を次々にドロップ。
来たる2ndアルバムに向けて着実に歩を進める。

バンドメンバー全員でサマーソニック'03に両日参加。
洋楽アーティストをいっぱい観ることができて興奮する。
2日目トリのRADIOHEADがありえないほど素晴らしく、ラストの「Creep」で失禁しそうになる。

スタジオ練習を重ねる。
この頃からバンド内でバンドマスターとしての地位を確立しはじめ、メンバーから「バンマスさん」と親しまれるようになる。
(例:バンマスさんパン買ってきて)

2003年秋、NUNO 2ndアルバム『パパパーヤ』リリース。
1stから約半年と短いスパンながら、演奏力・アレンジ能力が格段に向上。
珠玉の楽曲群を収録し、バンドの進化と深化を感じさせる1枚に仕上がる。
一般的にはこの「パパパーヤ」がNUNOの最高傑作とされる。

2004年、更なる傑作アルバムを生み出すべくスタジオ練習を重ねるが、手ごたえのある曲が出来ずに苦しむ。
閉塞感を打破すべく、スタジオで相撲をしたりレスリングをしたりする。閉塞感を打破できず苦しむ。

次回作に向けたヒントを得るべく、ロックオペラを試みる。
タイトルを『Tonny 〜Save Your Children〜』とする。
寸劇と即興演奏を交互に行う斬新なスタイルで活路を見出そうとするも、刹那的な楽しさに終始。
さしたるヒントを得ることもなく、4時間分のスタジオ代を払って終わる。

メンバーの就職が決まったりする。

フジロックフェスティバル'04に参加。
大自然の中でのフェスティバルに大感動する。
その後フジロックには毎年通うようになる。

難産ながらも段々と曲が揃い始める。

大学を卒業する。

2005年春、NUNO 3rdアルバム『家族』リリース。
「将棋」「大冒険島」「リストラされなかった男の歌」「嘘かもしれないYO!」等の楽曲を収録。
打ち込みを大胆に導入するなど、バンドの次なる方向性を模索した意欲作に仕上がる。
2015年現在、これがNUNOのラストアルバムである。

社会人時代


会社勤めが始まる。
段々と仕事を覚えていく。

2005年10月、千葉ロッテマリーンズが31年振りのリーグ優勝を果たす。感涙。

2006年、スタジオに親しい友人を集め、NUNO初となるライブを行う。
オールタイムベストともいえるセットリストとドライヴ感溢れる演奏で素晴らしいライブとなる。
「なべやまひでき」としてライブの前座を務める。
ギターを弾かない弾き語りで「食べたらあかんぜよ」「TシャツとTシャツとTシャツとTシャツ」の2曲を披露する。

日々粛々と仕事をする。
毎年フジロックに通う。
段々1年が早くなる。

なべやまひで期


■2011年
2011年、ニコニコ動画でVOCALOID楽曲「LOL -lots of laugh-」を聴く。クオリティの高さに衝撃を受ける。
全く興味のなかったVOCALOID曲を色々聴く。いい曲があることを知る。

2011年春、VOCALOID:GUMIを購入。
昔遊びで作った曲をGUMIに歌わせてみる。

2011年4月5日、「チャイナタウン・シンドローム」リリース。
なべやまひできとして活動開始。

2011年4月16日、「レコード」リリース。
2011年5月4日、「ジェニファー」リリース

音圧という概念を知る。

2011年9月3日、「ガール、寝室でダンス」リリース。
2011年10月17日、「世界の終わりとWORLD'S END」リリース。
2011年10月22日、「DNE S'DLROWとりわ終の界世」リリース。
2011年10月29日、「スンダで室寝、ルーガ」リリース。

エフェクトのインサートとセンドの違いを覚える。

2011年11月13日、「どうしてちゃんのテーマ(Remix)」リリース。
2011年12月25日、「キャンディー・キャンディ」リリース。

■2012年
MIDIケーブルを買う。

2012年6月1日、「12345678」リリース。

ドラゴンクエストXを購入。曲作りが疎かになる。

2012年12月31日、「さよなら2012年のうた」リリース。

■2013年
2013年1月、仕事がシャレにならないくらい忙しくなる。全く曲を作る暇がなくなる。

2013年7月、フジロックに参加できず。Bjorkを観られずに夏が終わる。

2013年10月、仕事が落ち着き始める。PCをいいやつに買い換える。KOMPLETE9を買う。

2013年12月12日、「できたら魔法が解けないように」リリース。

2013年12月29日、「エキサイティングフラッシュ(カバー)」リリース。

■2014年
2014年3月11日、「ダーリン・アンチミゼラブル・ラブ」リリース。
2014年4月12日、『なべやまWORKS 10曲パック』リリース。
2014年6月8日、「あなたは煙草 私はシャボン(なべやまひでき Remix)」リリース。
2014年7月21日、「ハーゲンダッツで連れてって」リリース。

2014年8月、劇団ペブル・グラベルの公演「あけみママを待ちながら」の主題歌に「レコード(深緑さんver)」が使われる。
初めてのオファーで大変喜ぶ。
偶然YouTubeで曲を見つけたらしい。こんなこともあろうかとYouTubeにも曲をアップしておいて正解だ、計画通り、と思ったが、
よくよく考えたら深緑さんverをYouTubeにアップしたのは自分じゃなかった。

2014年8月2日、『レコード EP』リリース。
2014年9月1日、「baby I love you(なべやまひでき Remix)」リリース。
2014年11月11日、「Trendy(FOGPAK #11)」リリース。
2014年12月28日、「ルミネセンス(なべやまひでき Remix)」リリース。

■2015年
初詣のおみくじで大吉を引く。

2015年1月16日、「桃太郎(なべやまひでき Remix)」リリース。
2015年3月8日、「できたら魔法が解けないように(Screwed Mix)」「ダーリン・アンチミゼラブル・ラブ(Screwed Mix)」リリース。

Twitterアカウントを一時的に乗っ取られる(レイバンの変)。セキュリティのだらしない男とレッテルを貼られる。
Twitterのパスワードを変更する。

2015年4月15日、「GAME(なべやまひでき Remix)」リリース。

6月、浅草寺でおみくじを引く。
初詣で引いた大吉を相殺して余りあるレベルの凶を引く。

7月、NYLON JAPANのムービーに「Trandy」を楽曲提供。

2015年12月19日、「基本的にアンニュイ」リリース。


現在に至る。